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苦痛について
苦痛は人間を不幸にしていると思うのが普通の考え方であり、人生の目的が、この世で試練を受けて霊的成長することだと、心底から理解することができたら生きる勇気が湧いてくる筈です。しかし、そのことを教育者や宗教家が教えることも核心に触れることもせずに、縦割りの組織の中でひたすらに無難な道を歩み続けているのみです。
苦痛を理解するには頭脳を知る必要があり、医学的ではなく霊的な方向からお話しをすることにします。頭脳は身体を支配しており、その頭脳を支配しているのは魂(霊)なのです。筋肉を動かすには、魂が人間の状態を把握して脳神経に働き、その場に適した伸縮を筋肉に起こさせ、その結果が再度、視覚、聴覚、触覚を通して魂に帰って記憶されます。
脳は、魂と肉体の橋渡しをしている変換器に過ぎないものであり、記憶をしているのは霊体であって、脳には記憶をする器官は存在していないのです。猿人の誕生が約700万年前で、人間の肉体は長い年月を掛けて進化した精巧な人形に過ぎないものです。魂は人間の五感を使って、自由自在に操っているのであり、生まれる前に習得した能力です。
魂には、その人の人生に必要な操作能力が、きっちりと詰め込まれており、生まれ出た瞬間から操作が開始されます。肉体の操作法と同時に、感情、気質、本能なども習得しており、常時発揮されているものと年齢によって発揮されるものがあります。そして生まれる前に約束した宿命に従って、守護霊や背後霊の協力を得ながら、目的を果たすべく努力が始まるのです。 |
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人間には自由意志が与えられていますから、宿命から大きく外れる場合があり、予定の霊的成長が達成できないと判断がなされたら、生まれる前の約束に従って自ら、魂、精神、肉体のバランスを崩すことになり、苦痛を受けることになります。誰も手を貸した訳でもなく、霊界の約束事は決して破られることがなく、歴然とした行動が実行されるのです。
苦痛には、身体的苦痛と精神的苦痛があり、いずれも大脳を経由して魂に伝わり苦しむことになります。その理由はお分かりだと思いますが、宿命通りの生き方をしなかった為であり、遅れを取り戻すための霊的処置なのです。この苦痛を清算するには、それ以上の激痛、入院、手術などを経験させる方法と、超愛術の施術を受け霊性を高める方法があります。
苦痛が与えられるのは、予定通りに霊的成長が行われていないからであり、超愛術で施術を行いその人の霊性を見合った高さまで引き上げれば、目的は達成されたことになり苦痛は解消されます。しかし、生まれながらの障害者や、霊的成長どころか霊性が著しく低くなっている人達には、超愛術の力は及ばず精一杯の奉仕をしてあげるのみで、後は宿命に従って頂くことになります。
もっとも重い処置として、難病やガンなどを患って清算をしなければならない場合があり、これも宿命の中に組み込まれていた最後の手段であります。大病や死ぬほどの苦しみを味わった人が、回復した後に不思議な体験をしたことをよく耳にすることがあります。これは肉体が甦っただけではなく、急激に霊的成長をしてその人の霊性が高まったからです。 |
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自ら進んで試練を受けて、それに打ち勝つ努力を通して成長をしていくならば、決して苦痛を受けることは無いのです。楽な方に逃げていく人ほど、後で苦しむことを理解すべきことですが、現実にはほとんどの人が一時しのぎの幼稚な行動をとっています。それを教える組織や団体もなく、人生を歩むのに一番大切なことが抜け落ちているのです。
まだ述べなければならない問題が沢山あり、その一つに地上には健康な一生を送る人と、苦しみの人生を過ごす人がおり、誠に不平等なことだと思ってはいませんか。霊界には無限に連なる界層があり、どの界層から生まれ出たとしても、自らが賛同して決めた宿命が果たせるか否かで、健康な人生が送れるかどうかが決まるのです。
界層が高くても低くても、生前に約束をした霊的成長を果たせない場合は、例外なく苦痛をもって償うことになります。しかし苦痛や悩みを受けることが決して悪いことではなく、霊的成長をする近道であります。但し、その状態が永く続くと魂がいじけてしまうので、何事もほどほどが良く、苦痛以外の試練を受けて進化向上をすることも可能なのです。
頭脳の役目をもう一度繰り返し確かめてみましょう。人間の五感とは視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚であり、末梢神経から種々の器官を経て脳へと情報が伝達され、変換器を経て魂に届き霊体にその内容が記憶されるのです。それを魂が分析、判断、命令を変換器を通して大脳に送り、筋肉(随意筋)を自在に動かすことが一瞬に行われているのです。 |
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筋肉の操作法は、生まれる前に習得していることですが、年齢に沿った動作を実際に行いながら上達していくことになります。魂とは意識、魂とは生命であり、魂は人間に生まれた瞬間から五感以外の能力は全て封じ込まれてしまい、不自由な肉体をまとって生活をすることにより、魂が磨かれていくのです。肉体が朽(くち)果てるまで試練を受けながら、人生を全うして宿命が終了するのです。
では、生まれながらの精神障害者や身体障害者は、どの様に考えて対応をするかと言うことに触れます。高級霊が進化向上を目指して、このような方達の人生を選んで生まれ出たのですから、霊的な力が作用しており如何なる方法でも正常に戻すことができないのです。霊性が高い人達ですから、素晴らしく清い心を持っており、親族や周りの人からも愛されて人生を送ることになります。
生まれながらの精神障害者の場合は、二歳前後になってから親が気づくことが多くあり、親の愛がしっかりと注がれていますから、親は子供を見捨てることができない状態となっており、これは霊的意図なのです。子供は当然ながら、親も子供の世話を通して霊的成長をしていく重要な任務を背負っているのであり、霊界では決して無駄な人生を送らせるようなことは致しません。
どのような人生を送っても構いませんが、霊的援助を受けるには、物欲、利己心、心配、取り越し苦労、愚痴などの低俗なものを切り捨てることが必要です。大霊とは神のことであり、その摂理をよく理解をして生きていくことを志せば、貴方の人生は成功したことになるのです。他人のために自分を役立てること、利他愛を実践することが、最も重要な事であり、この言葉を貴方の魂に刻み込んで下さい。 |
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苦痛がなぜ発生してくるのか、お分かり頂けたでしょうか。決して肉体が原因で発症するものではなく、その人を霊的成長させるために霊界が作り出したものなのです。人間が関与できるのは外科的手術などの限られたものであり、大半は自然治癒力(霊的治癒力)で回復するのを待っている、対症療法なのです。霊界を無視して人間の知恵だけでは解決できないことがほとんどであり、早く目覚めて欲しいものです。
よく耳にするカルマの件ですが、他の項目でも述べている通り、カルマ(業)とは「前世の善悪の行為によって現世で受ける報い」と記されております。霊界には界層があり、霊性の高い界層も無限であり低い界層も無限に連なっておりますが、どの界層にいる霊もカルマを持ってはいないのです。界層の存在が何を意味しているかを解かなければ、ご理解できないと思われます。
界層とは、大霊によって創造された途方もない存在なのであり、無限であると記していますが、上限は大霊まで下限は微生物までだと想像されます。これらの界層にいる生命体の情報を通して、大霊は霊界の実体を知ることができるのであり、その偉大な霊界の中に人間も存在して役立っているのです。界層は人間だけではなく、下層には動物から微生物までの限りない層で成り立っています。
どの界層にいる霊も一様に、進化向上を目指しているのであり、霊界そのものが進化をしているのです。人間は生まれる前に自らの成長度を決めて宿命を負うことになり、その約束が破られたら苦痛が与えられることになりますが、これをカルマと表現してもおかしくないのです。前世の善悪の影響を受けることはあり得ないことであり、現世での因果応報のことを指しているのです。 |
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皆さんは、人類がこのまま何事もなく生き残れると思っているのでしょうか。自然界も人間界も一世紀前と比較をしたら、歴然として悪化していることに気付かれるでしょう。現在の腐敗した社会を変えるには、人間の霊性を高める方法しか残されていないのです。その為には短期間(約10年)に世界人口の20%以上の人々が人格(霊格)を高めて、社会組織の構造を根本から立て直すことに着手する必要があるのです。
「霊性を高める」ことがキーポイントであり、苦痛者を癒やすと同時に霊性を高めることが重要であり、その苦痛者をパソコンで募集する以外に適切な方法が存在していないのです。苦痛で困っている人は世界中に蔓延しており、目的を果たすのに最も適した人々なのです。適切な時期に適切な療法を持って、超愛術が必然的に登場してきたのであり、その役目を厳然と実行することが求められているのです。
超愛術は、人々を苦痛から救済するのが目的だと思っていましたが、気が付いたら人類の救済を目指していたのであり、テララが周到に準備してきたことが、正に実行されようとしているのです。どんな結果が出るのか想像もできませんが、今までの経緯から判断をしても失敗の可能性はなく、私達はテララの道具として精一杯協力をすることが、霊界と地上界の橋渡しとしての役目を果たすことになるのです。 |
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前記に「苦痛が与えられるのは、予定通りに霊的成長が行われていないからであり・・・」とありますが、それ以外にストレスの影響を受けて、苦痛が発生する場合が相当数あり、煩雑になりますが下記の通りです。
▼超愛術は魂の霊性を高めますので、自然治癒力も高まりストレスが消滅して健康になるのです。
▼ストレスに弱い人は、霊性を高めるか、ストレスから避難するかの方法しかありません。
▼ストレスとは生体に生じた歪みや精神的緊張であり、ストレスが魂の持っている自然治癒力を超えたら、心身に異常や苦痛が発生します。
▼適度なストレスや苦痛は、その人の霊的成長に役立つことですから、自ら進んでストレスを体験することも大切なことです。
▼ストレスのない社会やストレスのない人生はあり得ないのであり、適切なストレスがあってこそ霊的成長が望めるのです。
▼ストレスがあるから人間は奮い立つのであり、ストレスに負けないように、自らが心身を鍛え試練を乗り越えるのです。
▼床に就くのはストレスに負けたからであり、ストレスから一時避難をして立ち直り、ストレスに再チャレンジすることになります。
▼天命としてストレスや苦痛を与えることがあり、その難関を突破して初めて、安泰した人生を送ることができるのです。
▼適度なストレスを甘んじて受けて、心身を鍛えている人は、何ものにも優る宝物を、手中に収めることになります。
▼ストレスが限界を超えたら、超愛術の施術を受けて霊性を高めれば、ストレスの為に職業を変える必要はなくなります。 |
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